4月24日の名古屋高裁の判決がマスコミで話題になっています。徘徊症状がある認知症の91歳男性が電車にはねられ死亡した事故をめぐり、JR東海が遺族に損害賠償を求めた控訴審判決で、「見守りを怠った」などとして、当時85歳の妻の責任を認定し359万円の支払いを命じたものです。
この男性は、認知症で「要介護4」の認定を受けており、妻と同居していたとのことです。この事件について具体的な事情は知りませんが、この判決は、認知症老人の家族、福祉施設、行政などに対しインパクトがありそうです。
私も、認知症の家族をもつ何人かの方から相談を受けたことがあります。それらの相談内容を参考にして、次のようなフィクションを、認知症老人の視点から、書いてみました。
私は、81歳、アルツハイマー型認知症と診断されてから10年、「要介護4」の認定を受けている。記憶障害も見当識障害も重い。ただ、学生時代にスポーツをしていたせいか、運動機能は比較的維持されている。食欲もある。
私は、可愛い老人ではない。問題児だ。ひんぱんな徘徊。失禁のレベルを超えた放尿・放便。以前は人当りのよい紳士だったのに、人格が変わったようで、すぐに暴言を吐き、時には妻へ暴力をふるってしまう。
毎日のようにデイサービスに通っている。それも、普通の施設には適応できないので、主治医から紹介された人手のある小規模な施設でサービスを受けている。
ここでも、私は問題児。迎えのバスに乗るのを嫌がる。施設に着いても直ぐに帰るといって外へ出ようとする。放尿・放便。周りの老人となじめない。自分の思い通りにならなと、怒鳴り出す。それでも、ここのスタッフは、やさしく対応してくれる。
問題は、自宅にいるときだ。問題児ぶりが顕著になる。塀をよじ登って外へ出ようとする。放尿・放便はし放題。暴言は吐き放題。天気の悪い日などは、目が据わり、妻へ暴力をふるってしまう。妻は、さすがに在宅介護は限界だと思うようになった。
まず、妻は、有料老人ホームやグループホームを探してみた。私のように周辺症状が激しい入所申込者は歓迎されない。入所させてくれるホームは、費用が高い。残念ながら支払いができない。
私は、東証一部上場企業のホワイトカラーだったが、子供の教育費などに多く出費したので、蓄えがほとんどない。厚生年金と少額の企業年金で、なんとか夫婦2人の生活をしている。子供たちは、海外に居住し、また経済的余裕がない。 次に、妻は、ケアマネージャに相談して、数か所の特別養護老人ホームに入居申込をした。「要介護4」かつ老老介護なので、選考の俎上にのるものの、入居決定前の調査や体験入所の段階で、「問題行動が多く、当施設は受け入れることができません。」と断られてしまう。次々に断られる。
特養が問題行動といっているのは、体験入所で一泊したとき、施設の中をうろうろ動き回ったり、他の入所者の部屋に無断で入ったり、談話室で他の入所者といざこざを起こしたり、薬を飲もうとしなかったりということのようだ。
特養の担当者からは、「本人が自力歩行できなくなり、車椅子になるか寝たきりになれば、入所できます。」、「薬物療法で、おとなしくなれば、入所できます。」などと言われる。
次に、精神科病院を探した。しかし、アルツハイマーの老人を入院させてくれる精神科病院は少なく、自己負担額が1か月20万円~30万円位。私には支払うことができない。
そこで、妻は行政に対し援助を求めた。しかし、行政の回答は、「老人福祉法11条に規定する場合に該当せず、福祉施設への措置入所はできません。また、精神保健福祉法29条に規定する場合に該当せず、精神科病院への措置入院もできません。」というもの。
つまり、公助はあてにせず、自助で入所・入院させなさいということ。福祉担当者は、「いくらでも相談に応じます。」というものの、援助はできないというスタンスのようだ。行政の資源には限りがあるので、致し方がない。
妻が在宅介護から逃れる道は、唯一の財産である自宅を売却して、その代金で、有料老人ホームに入所するか精神科病院に入院するかしかないようだ。
ただ、自宅を売却すると、妻が住むところがなくなる。73歳の妻にアパートを貸してくれる大家はいるか。また、自宅売却により得た資金は、早晩底をつく。その後は、妻は、ホームレスになるか、生活保護を受けるか。
結局、八方塞がりの中、今日も、妻は、朝から、私の放尿・放便の後始末をしている。昨日は、私が、隙をみて、自宅を出て徘徊したものだから、大騒ぎ。私を自宅まで連れてきた警察官は、「柱につないで置くか、施設に入所させなさい。」と、妻を叱っていた。
ところで、私が放尿・放便で家中を汚す上に、妻に対し暴言を吐くせいか、やさしかった妻が、最近、私のすねを蹴飛ばしたり、突き飛ばしたりするようになった。 |
上記フィクションの「私」が電車にはねられて死亡した場合、誰に責任があるのでしょうか。